みなさんには、「ずっと消せない傷」ってありますか?
私にはあります。
私が高校生だった頃、欲しい本があって本屋さんに行きました。
でも、本屋さんに目的の本はありませんでした。
その日はとりあえず家に帰り、取り寄せてもらうためにその本屋さんに電話をしました。
「わかりました。では、こちらの本が入荷しましたらご連絡いたしますので、お客様のお名前をお聞かせください」
電話口の店員さんにそう言われて私は「鳥月です」と答えました。
すると、店員さんは「鳥月なに様ですか?」と下の名前を聞いてきました。
私はその店員さんの「なに様ですか?」というフレーズに引っ張られ、こう答えてました。
「羊様です」…と。
言ってしまってからハッとしました。
自分のことを様付けで呼んでることがおかしいやら恥ずかしいやら…。
今の私であれば、「アハハハ、ごめんなさい、つられて『様』を付けちゃいましたw」なんて恥ずかしさを笑い飛ばせると思います。
でも当時の私は思春期真っただ中の真面目少年だったので、様付けで名乗ったことをさも当然のように振る舞いました。
店員さんも(あ、今のことには触れてはいけない)と思ってくれたようでしたが、「あ、えっと…羊…様ですね…」と明らかに歯切れの悪い応答になっていました。
きっと失礼になってしまうから笑いたいけど笑わずに耐えていたんだろうなぁ。
声は平然を装いながらもきっと肩は笑いでプルプル震えてたんだろうなぁ。
本屋さんに行くたびに私はこのときのエピソードを思い出し、あのときの店員さんに申し訳ないことをしたなぁと思い返すのです。
他にもあります。
友人とブラックバスを釣りに行ったときのことです。
その日はいい天気で、「こんな日にボートに乗ってプカプカしながら釣りするとか楽しそう♪」と思い、私はボートを借りて釣りをしていました。
友人は自分の行きたいポイントに自由に移動したいからという理由でボートには乗らず、私と友人はお互いの姿が見える範囲でそれぞれの方法で釣りを楽しんでいました。
ボートから釣り糸を垂らして1時間ほど経った頃、私の竿に感触がありました。
と同時に、すごい勢いで竿がしなり始めます。
引きの強さからかなり大物がかかったことが分かりました。
「わっ! わっ! かかった!」
私はパニクりつつも、数分かけて大きなブラックバスをなんとか釣り上げました。
しかし、問題はそこからでした。
私は釣った後の処理の仕方を知りません。
なんなら、魚を触ることも怖くてできません。
釣ったブラックバスを見ると、大きな口をパクパクと開けて、その口の奥にはギザギザしたなんだかよく分からないものがいっぱい…きんも…。
加えて、最悪なことにこのバスは釣り針は飲み込んでしまっていました。
自分が陸地にいるのであれば、木の枝を拾ってきてそれで釣り針を取り除くことができたかもしれません。
でもそのとき、私はボートの上です。
木の枝のような都合のよいものは何もありません。
ということは、釣り針を取り除くためには、このギッザギザの口の中に手を突っ込まなければならない…ムリムリムリ…。
私はどうしようもなくなり、近くの陸から釣っていた友人に向かって叫びました。
「どうしよう! 釣れちゃった! どうしたらいい!?」
「いや針を取って逃がしてやれよ」と友人。
「いや無理だって! 魚、触れないし!!」
「そんなんでバス釣りなんかに来んなよww」
「ごめんなさいもう来ません!」
そんな私と友人のやり取りを聞いて周囲から笑い声が起こる中、釣り上げた頃はバッシャバッシャと水面を跳ね回っていたブラックバスは今やぐったり大人しくなっていました。
飲み込んだ釣り針のせいか口からだらぁーっと血を流し、(お前なんでもいいからオレを何とかしてくれよ)と言いたげな目で私を見つめてくるブラックバス。
私は嗚咽(おえつ)しながらブラックバスの口に手を突っ込みどうにかこうにか釣り針を取り除き湖に放してあげると、ブラックバスは力なく身体をくねくねさせながら水の中で消えていきました。
私はいいお天気の湖を見るたびにそのときのシーンを思い出し、あのときのブラックバスには悪いことをしたなぁと思い返すのです。
……え?
「いつも鳥さんに関係ない話が多いけど、今回は特に長いな」って?
大丈夫ですよ。
ここからちゃんと鳥さんのお話をしていきますから。
みなさんは鳥さんに噛まれるのって嫌ですよね。
噛まれると単純に痛いですし。
噛まれて皮がむけたりえぐれたりしてね。
血が出て治るまでに時間がかかってね。
完治するまでちょっとでも触ろうもんならそのたびに痛みが走って生活に支障が出ますし。
なんなら治りかけのかさぶたを鳥さんが剥がそうとしたりしてね。
このように、鳥さんに噛まれることってマイナスなイメージの事柄だと思うんです。
このマイナスなイメージを少しでもプラスなイメージに変えられたら、鳥さんに噛まれることの抵抗感を減らすことができるんじゃないかなって思うんです。
さあ、ここで今回のキーワードである「ずっと消えない傷」というフレーズに戻りましょう。
私の手にはたくさんの「消えない傷」があります。
それはこれまでにうちの鳥共に噛まれた傷痕です。
噛まれたときはとても痛かったです。
血もたくさん出ました。
噛まれたときの痛さが忘れられず、手を出すのが怖くなったこともあります。
でも、私は手に残ったこの傷痕を見て、いつも愛おしく幸せな気分になるのです。
この傷痕は紛れもなく鳥共がつけた痕です。
傷痕は鳥共がこの指のこの箇所を噛んで傷をつけたことの証明なんです。
もっと言えば、鳥共と私が関わっていたことの証(あかし)なんです。
鳥共と私が同じ時を過ごした。
鳥共と私が関わり合っていた。
そういったことをいつでも思い出させてくれる印(しるし)なんです。
買い物しているとき。
お仕事しているとき。
お風呂に入っているとき。
そんな鳥さんと一緒にいられないときでも、指に残っている傷痕を見たり触れたりすることで、その傷をつけた鳥さんのことをとても身近に感じることができると思います。
少し悲しい話になってしまいますが、鳥さんが虹の橋を渡ってしまったあとの世界で、もちろん写真や動画を見てその鳥さんが生きていた頃の思い出に浸ることもできると思います。
でも、自分の指に残った傷痕ほどその鳥さんと時間を共有したことを証明してくれるものはないと思います。
確かにその鳥さんは生きていて、私と一緒の時間を過ごしていた。
鳥さんがつけた傷痕には、そういったことをリアルに思い出させてくれる力があると思います。
思い出すために何の媒体も要りません。
バッテリー切れを気にする必要もありません。
自分の身さえあればいつでもどこでも鳥さんのことを思い出せるのです。
私は鳥さんの噛み痕を「鳥さんからのプレゼント」だと思っています。
そう考えると、噛まれて傷がつくことも案外悪いことじゃないと思えるようになりませんか?
というわけで、鳥さんに噛まれたときに「あ、鳥さんからプレゼントもらっちゃった♪」と思ってみる方法もあるよというお話でした。
鳥さんの噛み癖がいいことだとは言いません。
でも、考え方を変えてみることで、噛まれることの恐怖を抑えたり、鳥さんとの関り方に前向きになれたりするんじゃないかなと思います。
※音声が出ますのでご注意ください。